熊野で美味しいお米ができる理由は?

平松さん
紀伊半島南部に位置する熊野は、温暖で長閑な場所です。上富田(かみとんだ)の谷水を引き、小規模で米づくりをしています。田んぼに流れる谷水は停滞せず、常に流れが変わり冷たい水が維持できているので、小粒で良い味のお米ができると言われています。

ピロール農法を始めたきっかけは?

平松さん
浦会長から相談を受けたのがきっかけです。最初は8反ほどの小さな場所での試栽培を行いました。まだ、30年ほどしか米づくりをしていない私ですが、すぐに今までの米とは何か違うな、と感じました。

ピロール法で育てた稲の特徴は?

平松さん
何かしら、稲の元気が良いんです。元気が良い稲には菌もこない。害虫や菌は弱ったところにやってきますからね。それから、茎が太く、根のはりが良いんです。だから、倒れにくい。特に昨年の那智勝浦地方は大雨で大変な思いしましたが、ピロール農法を取り入れたお米は持ちこたえました。茎が折れず、米が水に浸されることなく品質が保てるので、実持ちがよく、収穫量も上がるんです。そして何かしら、実が丸く、球状なんですよね。ピロールが稲に定着するまでには時間がかかるのですが、土に空気の養分がうまくかみ合って、バランスの良い土ができるんだと思います。

完成したピロール農法を取り入れたお米についてどう思いましたか?

平松さん
一般的に米は酸性と言われています。ピロール農法を取り入れたお米がpH7.2(弱アルカリ性)と聞いてビックリ。弱アルカリ性の米などできる訳がない!と思っていたので。pHを0.1上げるだけでも、すごく難しいことなんです。弱アルカリ性の米は栄養価が高く、酸化が進みにくいので、お米が長持ちするんです。今食べても、来年の今頃食べても、ほとんど味がかわらない。新米はどれも美味しいけれど、時間が経ったときに美味しさの差がでます。
 この辺りで米づくりをしている農家たちの間でも"美味しい"に評判に。ピロール農法でつくった米には透明性があるな、と。それは白米にしたときにも同様で、香りや味が食べた後にも残るんです。目隠しテストで、食べ比べをした結果、多くの人がこの米を支持しました。

ピロール法で栽培した熊野のほまれを食べた感想は?

平松さん
私自身はコシヒカリの米農家ですから、そればかり食べていたんです。ピロール農法を取り入れたお米をつくり、味比べをしたところ、まず香りが良く、今までにないモチモチ感、食べた後の満足感に驚きました。私の孫もこのピロール農法を取り入れたお米が大好きなんです。そしてこのお米の本当の美味しさがわかるのが、一晩おいた後。冷たくなっても香りやモチモチ感が続くので、おにぎりやお弁当にもおすすめです。むしろ炊きたて直後よりも甘みが出てるんじゃないかな? 夏場はあえて冷蔵庫で冷やしてから食べたりもしていますよ。

これからの農業の将来についての目標は?

平松さん
ピロール農法を取り入れたお米の成功によって、今までと違う美味しい米を開発し、市場に出すことができたと思っています。もっと多くの人に知れ渡り、食べてもらえるようになれば、地域の人たちにとっても生産をする目標でき、それが地域おこしにも繋がります。若い人たちにも興味を持ってもらいたいですね。今は休耕田が多く見られるこの土地ですが、農業=3Kではないということを知ってもらい、良いものつくって、たくさんの人に食べてもらえる幸せを実感してほしいなと。そのために僕自身も、もうひと頑張りしなくては。地域の人たちと連携をとりながら、密度の濃い農業開発をしていきたいと思っています。
 ピロール農法は米づくりが終わった後、別の作物を育てるために必要な栄養が土に残っているのも特徴のひとつです。私は、昨年白菜をつくりました。それが美味しくて。キムチ屋さんに提供したり、道の駅などで販売しました。今後はネットを通して販売ルートを拡大していけたら。熊野の田んぼは米だけじゃなく、路地栽培も十分できる土地。熊野の米を全国へ、世界へ。明るい農業の未来を目指しています。
熊野のほまれ つくり手 平松芳民さん

熊野のほまれ つくり手 平松芳民さん

和歌山県生まれ。大阪電気通信大学電子工学部卒。1971年、和歌山県立田辺工業高等学校の教諭に。和歌山県教育委員会の学校教育課指導主事、教育企画課情報教育班長、西牟婁地方教育事務所長、和歌山県立田辺工業高等学校校長を歴任。在職中から、家業である農業の手伝いをしていた。退職後、米作を中心とした農業に従事し、現在に至る。

コシヒカリ一筋25年。孫から「じっちゃん、美味しいお米つくってくれてありがとう」の一言に勇気をもらい、田と稲と対話しながら、人に優しい米づくりに励んでいる。

クオリティライフ株式会社 会長 浦聖治さん

クオリティライフ株式会社 会長 浦聖治さん

和歌山県串本町出身。1973年パイオニア(株)入社。Pioneer Electronics of America社 (Long Beach, CA) 出向を経て、1981年パイオニア(株)を退職。その後、マイクロシステムズ(株)でスキルを磨き、1984年2月クオリティ(株)設立、代表取締役に就任。2009年10月クオリティライフ(株) (南紀白浜)を設立、代表取締役に就任。

一般社団法人日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA)理事、社団法人和歌山情報サービス産業協会(WAKASA)理事、特定非営利活動法人和歌山IT教育機構 理事、特定非営利活動法人エルトゥールルは世界を救う 理事長、一般社団法人日本ナチュラル・フード協会 代表理事、特定非営利活動法人スローライフ・ジャパン 理事等も勤め、クオリティグループCEOとして現在に至る。

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